野島春樹の沈思黙考

心に移ろいゆくよしなしごと

文学

高浜虚子(たかはまきょし) 俳句 春

一つ根に 離れ浮く葉や 春の水 (ひとつねに はなれうくはや はるのみず) 高浜虚子 〈意味〉 春の水辺に二つの離れて浮いている葉が見えるなぁ。よく見ると根が一つに繋がっている。

壬生忠見(みぶのただみ)

壬生忠見の生涯 壬生忠見(みぶのただみ)は、平安時代中期の歌人で、三十六歌仙の一人に数えられています。 生涯と官職 壬生忠見は、父・壬生忠岑とともに和歌の才能を持ち、幼少期から歌壇で活躍しました。彼の官職については、以下の記録があります。 954…

百人一首 四十一番 壬生忠見(みぶのただみ)

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか (こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか) 壬生忠見 〈現代語訳・口語訳〉 わたしが恋をしているという噂が、もう世間の人たちの間には広まってしまったようだ…

与謝蕪村(よさぶそん) 俳句 風鈴

風鈴や 花にはつらき 風ながら (ふうりんや はなにはつらき かぜながら) 与謝蕪村 〈意味〉 風鈴が鳴っていることだ。咲いている花は散ってしまうほどの風であるが。

松尾芭蕉(まつおばしょう) 俳句 夏

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声 (しずかさや いわにしみいる せみのおと) 松尾芭蕉

平兼盛(たいらのかねもり)

平兼盛の生涯 平兼盛(たいらのかねもり)は、平安時代中期の貴族であり、優れた歌人として知られています。 出自と家族背景 平兼盛は光孝天皇の玄孫であり、もともとは「兼盛王」と称していましたが、臣籍降下して平姓を名乗るようになりました。彼の父は平…

百人一首 四十番 平兼盛(たいらのかねもり)

忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで (しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで) 平兼盛 〈現代語訳・口語訳〉 人に知られまいと恋しい思いを隠していたけれど、とうとう隠し切れずに顔色に出てしまっ…

水原秋桜子(みずはらしゅうおうし) 俳句 春

来しかたや 馬酔木咲く 野の日のひかり (きしかたや あしびさく ののひのひかり) 水原秋桜子 〈意味〉 歩いてきた方向を振り返ってみると、馬酔木の白い花が咲き乱れる春の野に、さんさんと日が降り注ぐ美しい光景が広がっていることだ。 馬酔木(あしび)

正岡子規(まさおかしき) 俳句 藤

かんざしの 蝶ちらつくや 藤の花 (かんざしの ちょうちらつくや ふじのはな) 正岡子規 〈意味〉 簪(かんざし)のとまった蝶がひらひらと舞い散る。その様子が咲き誇る藤の花の風情と重なり。春の雅やかな美しさを際立たせている。

源等(みなもとのひとし)

源等の生涯 基本情報 生誕 880年(元慶4年) 死没 951年(天暦5年) 父 源希(みなもとのまれ) 官位 正四位下・参議 別名 参議等(さんぎひとし) 源等は、嵯峨源氏の一族であり、源希の次男として生まれました。彼は公卿として朝廷に仕え、地方官としても…

百人一首 三十九番 参議等(源等)

浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき (あさぢふの をののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこひしき) 参議等(源等) 〈現代語訳・口語訳〉 浅茅の生えた寂しく忍ぶ小野の篠原ではありませんが、あなたへの思いを忍んではい…

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) 和歌 万葉集 相聞歌

笹の葉は み山もさやに さやげども 我れは妹思ふ 別れ来ぬれば (ささのはは みやまもさやに さやげども あれはいもおもふ わかれきぬれば) 柿本人麻呂 万葉集・巻二・133 〈現代語訳・口語訳〉 笹の葉は山に満ちてざわざわと風に鳴っているが、私の心は一…

与謝蕪村(よさぶそん) 俳句 冬

斧入れて 香におどろくや 冬木立 (おのいれて かにおどろくや ふゆこだち) 与謝蕪村 〈意味〉 冬枯れした木を斧で切りつけてみると、鮮烈な香りがしてきたので驚いたことだ。

正岡子規(まさおかしき) 俳句 春

うつくしき 海月浮きたり 春の海 (うつくしき くらげうきたり はるのうみ) 正岡子規 〈意味〉 春の海に美しいクラゲが浮いていることだ。

右近(うこん)

右近の生涯 右近(うこん)は、平安時代中期に活躍した女流歌人であり、『百人一首』にも選ばれた人物です。彼女の生涯についてさらに詳しく説明します。 生涯と背景 右近の生没年は不詳ですが、10世紀後半(946年~967年頃)に活躍したとされています。彼女…

百人一首 三十八番 右近

忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな (わすらるる みをばおもはず ちかひてし ひとのいのちの をしくもあるかな) 右近 〈現代語訳・口語訳〉 あなたに忘れられる我が身のことは何ほどのこともありませんが、ただ神にかけて、私をいつ…

大伴家持(おおとものやかもち) 和歌 万葉集 春 

春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子 (はるのその くれなゐにほふ もものはな したてるみちに いでたつをとめ) 大伴家持 万葉集・巻十九・4139 〈現代語訳・口語訳〉 春の苑に紅が照り映える。桃の花の下の輝く道に、現れ立つ乙女。

小泉八重子(こいずみやえこ)

小泉八重子の生涯 小泉八重子(1931年 - 2020年)は、昭和、平成、そして令和という時代の変遷を俳句とともに歩んだ、現代俳句において個性的な光彩を放った俳人です。兵庫県に生を受け、その生涯において、病などの経験を経て内省を深め、俳句を自己表現の…

小泉八重子(こいずみやえこ) 俳句

流星や 誰も乗らざる 電車過ぐ (りゅうせいや だれものらざる でんしゃすぐ) 小泉八重子 〈意訳〉 流星が夜空を流れる。その下を、誰も乗っていない電車が静かに通り過ぎていく。

宝井其角(たからいきかく) 俳句 夏

奥や滝 雲に涼しき 谷の声 (おくやたき くもにすずしき たにのこえ) 宝井其角 〈意味〉 谷の奥にある滝よ。かかっている雲が日差しをさえぎって涼しい谷の物音であることよ。

文屋朝康(ふんやのあさやす)

文屋朝康の生涯 文屋朝康(ふんやのあさやす)は、平安時代前期の歌人・官人であり、「六歌仙」の一人である文屋康秀の息子です。 生涯と官職 文屋朝康の生没年は不明ですが、平安時代前期に活躍したことが記録されています。彼は官人としても活動し、以下の…

百人一首 三十七番 文屋朝康(ふんやのあさやす)

白露に 風の吹きしく 秋の野は しらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (しらつゆに かぜのふきしく あきののは しらぬきとめぬ たまぞちりける) 文屋朝康 〈現代語訳・口語訳〉 草葉の上に落ちた白露に風がしきりに吹きつけている秋の野のさまは、まるで糸に通してと…

東歌(未勘国) 和歌 万葉集 相聞

稲つけば かかる我が手を 今夜もか 殿の若子が 取りてなげかむ (いねつけば かかるあがてを こよひもか とののわくごが とりてなげかむ) 東歌(未勘国) 万葉集・巻十四・3459 〈現代語訳・口語訳〉 稲を舂くとあかぎれが切れる私の手を、今夜も若殿さま…

馬場存義(ばばぞんぎ)

馬場存義の生涯 馬場存義(ばば ぞんぎ、1703年3月15日 - 1782年10月30日)は、江戸時代中期の俳人で、江戸座の代表的な俳人として活躍しました。彼は俳諧宗匠として存義側を率い、与謝蕪村とも交友があったことが知られています。 生涯と俳諧への転身 存義…

馬場存義(ばばぞんぎ) 俳句 ツツジ

この音羽 いでや躑躅の はな曇 (このおとわ いでやつつじの はなぐもり) 馬場存義 〈意味〉 音羽山を出ると、あたりは躑躅の花曇りであるなあ。 ※音羽 京都の音羽山を指すと考えられる。 ※花曇り 花の咲く頃に見られる薄曇りの天候を表す。春の季語。

小林一茶(こばやしいっさ) 俳句 秋

木曽山へ 流れ込みけり 天の川 (きそやまへ ながれこみけり あまのがわ) 小林一茶 〈意味〉 天空を流れる天の川は、まるで木曽山に流れ込んでいるかのように見える。

清原深養父(きよはらのふかやぶ)

清原深養父の生涯 清原深養父(きよはらのふかやぶ)は、平安時代中期(9世紀後半~10世紀前半)の歌人であり、貴族でした。彼の生涯についてさらに詳しく説明します。 生涯と経歴 清原深養父の正確な生没年は不明ですが、908年(延喜8年)に内蔵少允、923年…

百人一首 三十六番 清原深養父(きよはらのふかやぶ)

夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ (なつのよは まだよひながら あけぬるを くものいづこに つきやどるらむ) 清原深養父 〈現代語訳・口語訳〉 夏の夜は、まだ宵のうちだと思っているのに明けてしまったが、こんなにも早く夜明けが…

中大兄皇子(天智天皇) 和歌 万葉集 雑歌

香具山は 畝火雄々しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき (かぐやまは うねびををしと みみなしと あひあらそひき かみよより かくにあるらし いにしえも しかにあれこそ うつせみも つまをあらそふ…

阿波野青畝(あわのせいほ)

阿波野青畝の生涯 阿波野青畝(あわの せいほ、1899年2月10日 - 1992年12月22日)は、奈良県出身の俳人で、昭和を代表する俳句作家の一人です。「ホトトギスの四S」と称される俳人グループの一員として知られ、特に写生俳句の発展に貢献しました。 幼少期と…