野島春樹の沈思黙考

心に移ろいゆくよしなしごと

山上憶良(やまのうえのおくら)

山上憶良(やまのうえのおくら)は、

奈良時代初期の貴族であり、社会派歌人として知られています。

 

山上憶良の人生

  • 遣唐使としての学問的影響 唐への渡航によって憶良は儒教、仏教、道教などの思想に接し、それらを和歌に反映させました。特に仏教的な「生老病死儒教的な「家族の絆」を詠み込む手法が特徴的です。この多様な思想背景が彼の歌の深みを生み出しました。

  • 官職と役割 東宮侍講として皇太子(のちの聖武天皇)に仕え、教育的立場から奈良時代の政治や文化に貢献しました。さらに、地方官職として地方文化の発展にも寄与しています。例えば、筑紫歌壇では地方の歌人たちとの交流を通じて、庶民や地方の暮らしの描写を豊かにしました。

 

憶良の思想とテーマ

  • 儒教的価値観 山上憶良は、儒教的な倫理観に基づいて家族や親子関係を重視した歌を数多く詠みました。『子を思ふ歌』では、子への愛情が感動的に描かれています。

  • 仏教的影響 仏教からの影響により、憶良は老い、病、貧困といったテーマに敏感で、貧窮問答歌では農民たちの厳しい生活を描写し、社会的課題を提起しています。

  • 社会観察者としての視点 憶良は、庶民の生活を詩的な視点で鋭く描写しました。これにより、歌に社会的現実と人間的共感を組み込む手法を確立しました。

 

代表作の詳細

  • 貧窮問答歌』 この歌では、農民の貧困や厳しい生活を詠み、弱者への共感を強く訴えています。「大君の任に当たる人は、この苦しみを知らぬであろう」という痛烈な社会批判も含まれています。

  • 『子を思ふ歌』 憶良の家族愛が深く現れた歌です。「我が背子を守る」という表現では、子を思う父親の心情が巧みに描かれています。

  • 仏教的な短歌 憶良は仏教的な概念を短歌に詠み込み、人生の儚さや精神的な救済についての洞察を表現しています。

 

憶良の万葉集における位置

万葉集には山上憶良の歌が78首収録されており、奈良時代における文化的リーダーとしての役割を反映しています。彼の歌は、庶民の生活だけでなく、上層階級の思想的な深みをも描いたものとして評価されています。

 

山上憶良の歌には、奈良時代の社会構造や人間関係の複雑さが凝縮されています。

 

福岡・太宰府市 山上憶良 万葉歌碑