野島春樹の沈思黙考

心に移ろいゆくよしなしごと

文学少年と古の偉大な詩人

時を超え、言葉を紡ぐ

 

東京都の片隅、古本屋の埃っぽい匂いが染み付いた部屋で、蒼太はいつもペンを握っていた。机の上には乱雑に積み上げられた小説の山と、真っ白な原稿用紙の束。彼は文学をこよなく愛する高校生で、漠然とだが小説家になることを夢見ていた。しかし、ペンを走らせようとするたびに、言葉は砂のように指の間からこぼれ落ちていく。何を書けばいいのか、どう表現すればいいのか。壮大な物語を思い描いても、いざ文字にしようとすると、それは途端に色褪せてしまう。才能がないのだろうか。焦燥感と無力感が、蒼太の心をじわじわと蝕んでいった。

 

ある夏の日、蒸し暑い午後のことだった。図書館の片隅で、蒼太は中国の詩人、李白杜甫の詩集を読み耽っていた。特に李白の奔放な詩と、杜甫の人間味あふれる詩は、彼の心に強く響いた。読み進めるうちに、鉛のように重い眠気が蒼太を襲う。やがて意識が混濁し、本を抱えたまま机に突っ伏した。

 

次に目覚めたとき、蒼太は目を疑った。目の前には、見慣れない瓦屋根の家々が広がり、人々は唐代の衣装を身につけている。ここは長安だ! そして、信じられないことに、彼の目の前には、あの詩集で見た挿絵そっくりの人物が二人立っていた。一人は朗らかに酒を酌み交わし、もう一人はどこか憂いを帯びた表情で空を見上げている。まぎれもなく、伝説の詩人、李白杜甫だった。

 

蒼太は李白と共に、雄大な自然の中を旅した。黄河のほとりで月を仰ぎ、廬山の壮麗な滝に目を奪われた。李白は、目の前に広がる景色を、まるで呼吸するように詩に紡ぎ出す。「飛流直下三千尺、疑是銀河落九天」。その朗々とした声は、蒼太の魂を揺さぶった。李白は、自然の美しさ、生命の躍動を、技巧ではなく、心のままに表現することの歓びを蒼太に教えた。酒を酌み交わしながら夜通し語り明かす中で、蒼太の凝り固まった心が少しずつ解き放たれていくのを感じた。

しかし、杜甫との出会いは、蒼太に異なる視点をもたらした。杜甫は、戦乱の世に翻弄され、貧困にあえぐ人々の現実を、まるで自分のことのように受け止め、その苦しみを詩に託していた。飢えに苦しむ農民、戦場で倒れた兵士、故郷を追われた人々。杜甫は、華美な言葉を嫌い、飾らない言葉で、彼らの痛みを、そしてかすかな希望を表現することの尊さを蒼太に説いた。

「詩とは、己の心から湧き出る真実の言葉でなければならぬ。そして、その言葉は、目の前の現実から生まれるのだ。美しい言葉を並べるだけでは、人の心には届かぬ。己が見たもの、感じたものを、正直に綴るのだ」

 

杜甫の言葉は、蒼太の心に深く、深く刻み込まれた。これまで、文学作品を書く上で、どれだけ難解な言葉や、技巧的な表現を追い求めていたことか。まるで砂上の楼閣のように、薄っぺらな物語しか生み出せなかった自分に気づき、恥ずかしくなった。李白から自然の雄大さと、奔放な表現の自由さを、杜甫から人間の営みと、その真摯な視点の重要性を学んだ蒼太は、自分の「言葉」で書くことの意味を、ようやく理解したのだった。

 

現代に戻った蒼太は、これまでの悩みが嘘のように晴れやかだった。彼は、タイムスリップの経験を物語にしようとは考えなかった。代わりに、杜甫が教えてくれた「目の前の現実」に目を向けることを決意する。

 

高校卒業後、蒼太は大学に進学せず、休学を選んだ。そして、バイトで貯めた金を握りしめ、アジアやアフリカの国々を旅した。

 

灼熱の太陽が照りつけるインドの路上で、蒼太は裸足で働く子どもたちと出会った。彼らは貧しくても、瞳には希望の光を宿し、小さなパンを分け与え合った。アフリカの広大なサバンナでは、水汲みに何時間も歩く女性たちの姿を見た。その厳しい生活の中にも、彼女たちは歌い、踊り、力強く生きていた。内戦の傷跡が残る中東の街では、瓦礫の中で懸命に復興に取り組む人々の姿があった。彼らは、過去の悲劇を忘れずに、しかし、未来へと目を向けていた。

 

蒼太は、そこで出会った人々の喜び、悲しみ、怒り、そして希望を、彼自身の言葉で丁寧にノートに書き留めていった。決して派手な出来事ではない。しかし、そこには、生身の人間の感情が確かに息づいていた。彼は、人々の営みの中にこそ、物語の源泉があることを知った。

 

旅から戻った蒼太は、自宅にこもり、一心不乱に原稿用紙に向かった。彼が紡ぎ出したのは、アジアの小さな村で生きる家族の物語、アフリカの難民キャンプで出会った少女の夢、そして中東の紛争地域で友情を育む少年たちの姿だった。そこには、技巧的な美しさよりも、人々の営みへの深い洞察と、真摯な愛情に満ちた言葉が溢れていた。杜甫が教えてくれた「真実の言葉」が、彼の作品の中で脈打っていた。

そして、その作品は、見事新人文学賞を受賞する。授賞式で、スポットライトを浴びながら、蒼太は胸を張って語った。

「私の言葉は、遠い昔の偉大な詩人たち、李白杜甫、そして旅で出会ったすべての人々が私に教えてくれたものです。彼らの存在がなければ、この作品は生まれませんでした。彼らが私に教えてくれたのは、言葉の力、そして、人の心に寄り添うことの尊さです」

 

蒼太の物語は、多くの人々の心に響いた。それは、彼が自らの足で歩き、見て、感じた「真実」の言葉で紡がれた物語だったからだ。彼はもう、何を書けばいいのか悩むことはなかった。世界は、そして人々の営みは、常に彼に語りかけ、新たな物語の種を与え続けていた。蒼太の物語は、これからも世界中の人々の心に届き続けるだろう。彼は、ただの文学好きの少年ではなく、世界と人々をつなぐ「言葉の紡ぎ手」となったのだ。