我が背子を 大和へ遣う さ夜更けて 暁露に 我れ立ち濡れし
(わがせこを やまとへやると さよふけて あかときつゆに われたちぬれし)
大伯皇女
万葉集・巻二・105
〈現代語訳・口語訳〉
私の弟を大和へやってしまうのを見送ろうとしていると、夜も更け、明け方の露に濡れてしまいました。
※大伯皇女(おおいのひめみこ)
(661年~701年)
天武天皇の皇女。大来皇女とも書く。大津皇子(おおつのみこ)の姉。伊勢斎宮。
斎明7年(661年)に百済救援のための旅の途中で、備前国大伯(おおく)で生まれました。天武2年(673年)に13歳の時に伊勢斎宮となりました。朱鳥(あけみとり)元年(686年)に天武天皇が亡くなり、直後に弟の大津皇子が謀反の疑いで死を賜った後の11月に帰京しました。
〔大津皇子がひそかに大伯皇女に会いに伊勢にきた時に詠んだ歌です〕
我が背子を 大和へ遣ると さ夜更けて 暁露に 我れ立ち濡れし
(わがせこを やまとへやると さよふけて あかつきとりに われたちぬれし)
大伯皇女
万葉集・巻二・105
〈現代語訳・口語訳〉
私の弟を大和へやってしまうのを見送ろうとしていると、夜も更け、明け方の露に濡れてしまいました。
※朱鳥元年(686年)9月9日に天武天皇が亡くなった後、謀反の疑いをかけられると感じた大津皇子は大和から、姉の大伯皇女に会いに来ました。しかし、大伯皇子は彼を大和へ帰らせるしかなく、弟の運命を感じつつ朝露に濡れ見送ったことでしょう。
大和に戻った大津皇子は10月2日に捕らわれ、翌日自害させられました。